吉祥寺の魅力が凝縮された空間「ハーモニカ横丁」
吉祥寺の魅力が凝縮された空間「ハーモニカ横丁」
吉祥寺の魅力のひとつは、街の散策だろう。なかでも数ある商店街は、百貨店を擁する広い道幅のものから、裏道に連なり、隠れ家のような店が並ぶ路地まで、それぞれに趣がある。ショッピングが目的でなくても、ただその空間に身を任せるだけでも楽しいものだ。
そんな吉祥寺の商店街の中で最も有名、かつ個性的なのは、JR吉祥寺駅北口に接する「吉祥寺北口駅前商店連合会」、通称「ハーモニカ横丁」だろう。戦後の闇市に端を発したハーモニカ横丁は、現在100以上の店舗を軒下に集める、庶民的な商店街である。ちなみに、その名の由来は、間口の狭い店が密集しているところをハーモニカの口の部分に見立て、文芸評論家の亀井勝一郎が名づけたという。
とある日の夕方、そのハーモニカ横丁へ出かけてみることにした。時刻は午後5時過ぎ。食料品店は当日の売りつくしセールを始め、アルコールを出す飲食店などが、のれんをかけるころだ。どこか別世界に来たような空気がそこには流れていた。
看板に“駅への近道”と銘打っているだけに、客以外が通る機会も多い。狭い路地を通るのにスペースを譲りながら行き交うところは、ハーモニカ横丁があたたかな空間であることを呈する風景のひとつだ。また、1軒の間口が小さいので、正面からの通行者をやり過ごすためにいったん足を止めたとき、数軒分の店頭に並ぶ商品に目が止まってしまうこともこの横丁ならでは。不意打ちの物欲との戦いにまいってしまうこともあるが、ときには思わぬ掘り出し物を見つける幸運にあずかれることもあったりする。これが楽しくて、ついつい横丁に足を運ぶ人もいるのではなかろうか。
この時刻にはすでに店じまいをし、シャッターの下りているところもあるが、吉祥寺北口駅前商店連合会の会長・水野さんによると「たいていどこかの店が入居していて、軒先が空くことはあまりありません」とのこと。なるほど、JR吉祥寺駅の目の前という立地条件に、昔からこの街に根付いて来たことで培った集客力を持つハーモニカ横丁は、商業者にとっても実に魅力あるエリアであるわけだ。
そんなハーモニカ横丁に引き寄せられ、入居している店舗の業種は、実に多彩。闇市時代を彷彿とさせる昭和レトロな店があると思えば、入り口を開け放したモノトーンのカフェが隣にあり、さらにネオンサインが輝くネイルサロンが目に留まる。実にバラエティー豊かな店が一堂に会しているのだ。
創業61周年を迎えた貴金属店と、中南米の雑貨を扱うエスニックなテイストの店が小道を挟んで建っていたり、いかにも庶民的な家庭料理の店の向こうにスタイリッシュなショップがあったりと、歩みを進めるたびにハーモニカ横丁の表情はクルクルと変わる。いい大人ながらちょっと迷子になったような感覚を覚え、またそれがなかなか楽しく、不覚ながらワクワクしてしまう。
この混沌は、小路だけでなくピンポイントでも見られる。下の画像を見てほしい。かごの中に一緒に入っているのは、コーヒー、袋ラーメン、輸入菓子、そして…タケノコ!いくら東京に商店街多しといえども、こんな取り合わせのディスプレーにはまずお目にかかれない。しかし、ハーモニカ横丁だと、この雑然さもなぜか、さまになっている。これも、歴史を有しながらも既成概念にとらわれることなく、新しい進化を続けてきた“吉祥寺”というまちの懐の深さが成せる技かもしれない。さらにこの店には、外国製のキッチンツールもあれば、ワインなどの酒類も置いている。まるでおもちゃ箱をひっくり返したような楽しさだ。
一方では、昭和レトロと称するべきか、古き良き時代のまま止まったようなシーンが顔をのぞかせている。先の店と同じ横丁にあることが、ますます信じがたい。
できれば、ハーモニカ横丁にある飲食店を一軒ずつ回り、それぞれの味わいを楽しんでみたいものだが、残念ながら本日はその心づもりをしてきていないので、家で食事をしなければ。ちょうちんの明かりに後ろ髪を引かれながら、夕飯の買い物をしに鮮魚店へ向かう。軒先に包装用の新聞紙やビニール袋の吊り下がる、いかにも昔ながらの店だ。ちょうど夕方の割引の時間帯に入ったようで、いきなり刺身用のサクが安くなっているではないか。これは買わずばなるまい。
財布を開けながら「お店、いつ開業したんですか?」「昭和25年だったかな。俺はそのころにはまだ店に立っていないけどね」「そうですよね、お若く見えますから」「ははは、何を言ってんだい」など、軽口にも似た会話を交わす。昔はごく当たり前だった、こうしたコミュニケーション。いま、このような気安いおしゃべりができる店はけっこう少なくなっているのではないだろうか。
生マグロにカンパチの刺身を買ったのに、出した千円札に釣り銭が返ってきた。価格の安さに驚くのもさることながら、その釣り銭が、上からビヨーンと伸びてくる「釣りかご」から返ってきたことにビックリする。
平成のこのご時世、しかも若者に人気の街といわれている吉祥寺で、こんな懐かしい道具をいまでも使っているところがあるのか!まったくもって、ハーモニカ横丁には嬉しい驚きがいっぱいだ。
釣り銭が返ってきたことに気を良くし、もう1品をお買い上げ。この店自家製の総菜だ。小銭と引き換えに、自家製のコハダの酢締めを手渡してくれるときの「うちの人気商品です」の言葉に、こちらも思わずにっこり。キラキラとしたコハダの身がたくさん入った自慢の逸品、帰宅してから食べるのが楽しみだ。
どの店にしても、人にしても、どこか懐かしい、古き良き時代の空気をよく残しているハーモニカ横丁。しかし、ただ昔にとどまっているわけではない。訪れる客が安心して、気持ちよく買い物することができるよう、商店会ではさまざまな取り組みを行っている。
数年前には、陥没の著しい箇所に対して道路の舗装工事を行った。レンガ仕様になった、強度のある通路には、いまでは吉祥寺秋祭りで子どもたちの担ぐ神輿(みこし)も通るそうだ。また、「ハーモニカ横丁パトロール隊」による張り紙などで防災意識も高めている。古いつくりの部分もあるハーモニカ横丁だけに、そのレトロ感を保ったまま安全にショッピングしてもらうための自治なのだろう。
新しい取り組みも盛んで、最近では横丁が一体となって、新名物のアルコールドリンク「ジンジャーハイボール」を売り出したことで注目を集めている。出しているそれぞれの店で少しずつアレンジが凝らされているので、あちこち飲み歩いてみるのも楽しいものだ。
もしかしたら、また、何かしらの新しい名物が誕生するかもしれない。闇市からはじまり、時代に即して意匠を凝らし、さらに新しい魅力を放っているハーモニカ横丁なら、その期待感は十分持てる。おもちゃ箱をひっくり返したようなときめきと、人のぬくもりがあるこの横丁は、いままでも、そしてこれからも、この街に暮らす人々の生活の、かけがえのない一舞台であり続けることだろう。
