地域の人々に愛される「日常生活の隣にある美術館」、吉祥寺にあり

地域の人々に愛される「日常生活の隣にある美術館」、吉祥寺にあり

プロフィール

養田 重忠(ようだ・しげただ)氏
養田 重忠(ようだ・しげただ)氏
昭和35(1960)年生まれ。世田谷区で幼少時代を過ごし、中学・高校時代は小平で過ごしたことから、吉祥寺は遠い街ではなかったという。大学時代は芸術社会学を専攻し、生涯学習を推進する仕事をこころざし、昭和59(1984)年に入庁。就職後もプライベートでは画廊、美術館などを訪れていた。現在、平成14(2002)年2月にスタートした武蔵野市立吉祥寺美術館(以下、吉祥寺美術館)の館長として館の運営に携わっている。

以前から地域の方々の生涯学習に関する仕事をしたいと考えられていた養田重忠さんが、入庁して驚いたことは、吉祥寺周辺、武蔵野市に住む人たちの知的レベルの高さ。吉祥寺をはじめ市内各所にある「コミュニティセンター」で行う講座も、地域の方々が企画・立案、講師も務めるというレベルに、文化行政を行う上での難しさも痛感したという。文化水準の高い吉祥寺美術館に来館される方々をいかに満足させられるか、地域に対してどういった取組みをいくべきか、現在も試行錯誤中だということだ。そんな養田さんに、吉祥寺美術館の魅力や今後について伺ってみた。

まず、吉祥寺美術館の概略をご説明いただけますか?

吉祥寺美術館2002年2月、日常生活と文化・芸術を結び親しむ場として開館しました。市民や作家、ご遺族から寄贈された作品も多く、野田九浦画伯の日本画をはじめ、油彩、版画、写真など、さまざまなジャンルの収蔵品は約2400点にのぼります。また、小さな美術館ならではの斬新な視点で各種企画展を開催しています。さらに、市立の美術館として、市民の創作発表の場を提供するため、3月、7月、11月は「市民ギャラリー」として企画展示室の貸出しも行っています。

常設の展示場となっている「浜口陽三記念室」は、カラーメゾチントという独特な銅版画の技法を開拓し、数多くの作品を創作した浜口陽三氏の「さくらんぼと青い鉢」「レダ」をはじめとする数々の寄贈作品を展示しています。初期のモノクロームからカラーメゾチントに至る銅版画作品だけでなく、原版、道具類もご覧になっていただけます。

もう一つの常設展示場である「萩原英雄記念室」では、従来の木版画の域を超えた複雑な表現を極め、世界的な木版画家として確固たる地位を築いた萩原英雄氏の寄贈作品を展示しています。「ギリシャ神話」「三十六富士」などのシリーズ作品をはじめ、抽象作品など多種多様な作品を楽しんでいただくことができます。

吉祥寺美術館の特徴はどういったところだとお考えですか?

まずは何と言っても、吉祥寺という交通の便が良い場所に美術館があることが一番の特徴と言えるでしょう。開館時間も19時半までやっているので、学校帰りやお勤め帰りの方たちにとっても寄りやすい環境にあります。そして公共施設のメリットとして料金がリーズナブルなことがあげられます。入館料は一律100円で、小学生以下、65歳以上、障害者の方は無料。特別な企画展を行う場合でも入館料金は一定です。

吉祥寺美術館また、デパートの7階にある美術館なので、気軽に立ち寄れることも魅力だと思います。展示を観る目的だけのために来る人は少ないかもしれませんが、買い物のついでや映画の帰りにでも絵を観ていただけることは、生活に文化を取り込むことでもあるのです。要するに、日常生活の中に「芸術を楽しむ時間」をつくることができる。これって人として豊かなことだと思いませんか。もちろん企画ごとのコアなファンもいらっしゃいますが、吉祥寺美術館の場合はそれ以外の入場者もかなり多いんです。「日常生活のちょっと隣にある美術館」。規模としては小さな美術館だけに、絵を近くでじっくり観ることができるのも特徴の一つでしょう。平日でしたら、椅子に座ってゆっくり鑑賞できると思いますよ。

抽象画も多いということですが、鑑賞する上での何かポイントはございますか?

常設展の浜口陽三氏、萩原英雄氏は版画家として国際的な評価も高いものがあります。美術の教科書にも紹介される著名な作家で、それぞれ高度な技法を使っていらっしゃいますが、作品を鑑賞する上ではあまり細かいことは考えず、ありのままを感じてほしいと思っています。

浜口氏の繊細で静謐な作風は、海外にも多くのファンを有していますが、とにかくただ見て感じてほしい。小さい画面の中に広がる無限の小宇宙を感じていただけたらと思います。萩原氏の作品は、お子さんが見ても単純にきれいと思える作品が多いですね。抽象画は自分の取り方次第ですし、自分自身を投影できるアートでもある。それぞれの視点、それぞれの気分で、観ていただくのでいいと思います。

また、常設展に加え、企画展も行っているとのことですが、企画展でのコンセプトなどございますか?

吉祥寺美術館武蔵野市の方たちは、文化的なことに時間やお金を使うことを厭わない方が多いように思います。そのため、私たちの美術館もリピーターの方が多数いらっしゃいます。そんなお客様からいただく質問もかなり高度なものが多く、中には美術館運営に対する提案などもいただくほどなんですよ。それだけに私たちも気を引き締めて、グレードの高い企画、斬新な視点での企画を考えなければならないと考えています。

本来、吉祥寺は立地的にも国立・都立の美術館へのアクセスが便利な場所です。吉祥寺美術館としての視点や差別化を打ち出していかなくては、お客様にも楽しんでいただけません。企画の基本は学芸員がつくりますが、備え付けのアンケートの声なども参考にしたり、私たちも一美術ファンの視点で「地域の美術館」として「吉祥寺らしさ」をいかに出していけるかに取り組んでいます。その努力がカタチになってお客様から「吉祥寺美術館は面白いことをやるんだね」といった声をいただいた時は、何にも代えられない喜びを感じます。

また、2008年の夏には、神戸市立小磯記念美術館の全面協力を得て「小磯良平展」を開催しました。展示面積が狭いので心配でしたが、結果としては大変好評でした。その時に、ある高齢のご婦人から「若い頃から小磯良平さんの絵が好きだったんですが、歳をとって神戸まで行くのは難しくなりました。上野までいくのも大変です。吉祥寺でやってもらえたのはとても嬉しかった」という感想をいただいたんです。

その言葉から、これまでは小さな美術館として、ちょっとひとひねりした企画ということにとらわれていたのですが、奇をてらわない美術の王道といった展示も地域の方たちに対する貢献となることを知りました。今後もそういった定番的な企画と「吉祥寺美術館ならでは」といった企画をバランスよく提供していければと考えています。

吉祥寺美術館独自の活動も実施されていると伺いましたが。

吉祥寺美術館そうなんです。「知る・創る・育てる」をモットーとして、ワークショップやミュージアムコンサートを実施しています。ワークショップは、できるだけ昼間会社に行っている方にも楽しんでいただきたいので、休日や夜間にも実施しています。記念室があるということで、木版画とメゾチントのワークショップをやってみました。たとえば木版で蔵書票をつくったり、メゾチントにチャレンジしてもらったり。それぞれ3時間くらいの講習2回で、作品をつくれる面白さを体験してもらえます。

また、企画展のテーマが「本の装丁」だった時は、その展示に合わせた催しとして、製本のワークショップを行いました。上製本のノートづくりやお気に入りの文庫本を上製本にするなど、参加者にはさまざまなバリエーションを楽しんでいただけたようです。

さらに吉祥寺美術館には音楽室が併設されています。通常は、市内に拠点を持つ合唱団、コーラスグループ等に貸し出しているのですが、企画によってはそのテーマに合わせたミュージアムコンサートを開催しています。「小磯良平展」の時も、小磯氏の絵のモチーフとして多数描かれているリュートを使った音楽会を行いました。リュートとバロックフルートによる古楽器の演奏会で、こちらも大好評でした。ミュージアムコンサートもリピーターが多いんです。参加料は必要なく、入館料だけで参加いただけます。インターネット上でミュージアムコンサートの広報をすると、あっという間に定員90名が埋まってしまうので、ご興味のある方は吉祥寺美術館のサイトをこまめにチェックしていただきたいですね。

美術館を活用した地域の方々に対する取り組みも推進されているそうですね。

吉祥寺美術館公立の美術館ということで、学校との連携による地域活動を推進しています。2008年は2つの小学校が吉祥寺美術館で鑑賞教室を行ってくれました。私たちも子供たちに合わせたワークシートを作成しました。2校の内の1校は日時をずらして全学年が来館してくれたんです。2年生が1年生の手を引いている姿はほほえましかったですよ。その時の企画展は五味太郎さんの絵本原画展だったので、子供たちにも馴染みやすかったようです。もちろん、中には絵に興味がなくて駆けまわる子もいますけど、一生懸命絵を観る子もいます。「絵本と原画って違うんだね」といった感想までいただけて、美術館賞は年齢に関係ないのだと私たちも感心したほどです。

私自身が初めて美術館に行ったのは中学生以降でしたが、小学校の内から美術館に行ける環境である武蔵野市はとても文化的に恵まれていると思います。子供たちが芸術と触れ合う上でのハードルを下げたいですね。また、絵の内容はわからなくても、子供が帰宅して「今日は美術館に行ったよ」と報告できるような、その子の自信と興味につながればよいと考えています。これまでは図工というと制作だけでしたが、最近は鑑賞も含まれるようになったので、今後も学校との連携は引き続き行っていきたいですね。また、小学生は年中無料なんですが、夏休み期間は市内在住・在学の小・中学生は全て無料としました。昨年も中学生がたくさん見に来てくれたので、こちらも続けていきたい取り組みです。

最後に、養田さんの今後の目標を伺えますか?

吉祥寺美術館吉祥寺美術館は「特化したジャンルがない」ことが強みかもしれないと最近は考えています。知的でおしゃれだけど、きどっていない美術館。ハモニカ横丁のような庶民的な側面もある吉祥寺にはパワーがあって、懐の深い街という印象があります。また、若者だけでなく大人も楽しめる街でもあります。実際、平日の昼間でも、私のような中高年の男性が意外と多いんですよ。子供から高齢者の方まで気軽に楽しめる日常生活と密着した美術館。そんな吉祥寺らしい美術館活動をこれからも展開していきたいと考えています。

インタビューを終えて

吉祥寺美術館実際に吉祥寺美術館を訪問してみて、その賑わいに驚いた。時間帯のせいか小学生はいなかったものの、ベビーカーで訪れた来館者を見かけ、養田氏が目指す「生活と密着した美術館づくり」が着実に浸透していることを実感した。また、市立の美術館ということで入館料金は100円と非常にリーズナブルだが、それは展示作品と比例しているものではない。それぞれ1点1点思わず凝視してしまうような作品も多数揃っており、武蔵野市の文化に対する意識の高さに脱帽させられた。その懐の深さも、実に吉祥寺らしい。

information

武蔵野市立吉祥寺美術館
住所:武蔵野市吉祥寺本町1-8-16 FFビル7階
電話番号:0422-22-0385
http://www.musashino-culture.or.jp/a_museum/

開館時間:10:00~19:30(音楽室9:00~21:00)
休館日:毎月最終水曜日・年末年始(12月28日~1月4日)
(展示替および特別整理期間その他、施設の保守点検等のため、臨時休館あり)
入館料:
大人・大学生・高校生・中学生 100円
小学生以下・65歳以上・障害者 無料